南青山ヒーリングテラス空

〈教訓〉としてとらえるということ

私たちは、何かのトラブルが起こったとき
訂正しようとします。

自分の言葉が良くなかったのではないか
自分の行動が良くなかったのではないか
自分の段取りが、自分の立場が、自分の役割が
自分の…
自分の過去の過ちが戻ってきたのではないか
本当は自分は嫌われていたのではないか
そして自分が何かをすることは
間違っているのではないか…と

私たちは何かのトラブルが起こったとき
【 教訓 】としてとらえます。

それは【 自分には必ず訂正する箇所がある 】

そういう前提の中、
すべての出来事に向かい合うということです。

その制限の中で、あなたは真実が見えるでしょうか?

私たちに何かのトラブルが起こったとき
それは【 気づきのためにあるのです 】

それは、ただのイベントです。
気づきのイベントが起こっただけなのです。

そこで気がつくことは
言葉や行動、段取り、立場や役割、過去の出来事や過ち
そして、自分に価値があるかないか…ではありません。

そのことが起こっても
今の自分はベストを尽くした結果である。
それを認めブレない自分を見つけることです。

たとえ今の自分としてのベストをつくさず
曖昧な意図をもっていたとしても
その曖昧さを認めことです。

そして
その一連のイベントの中にある感情は
何に根ざしているのか…それにただ気がつくだけです。

あなたが今、思考の渦の中に揉まれていることに
ただ気がついてください。

後悔は存在しません。
ネガティブなイベントは存在しません。

あなたの中にシンプルな答え(核)しかなくなったとき
葛藤は存在しなくなります。

それは、思い込むということではないことを
いつか…知っていただければと思います。

                     そら

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