南青山ヒーリングテラス空

相手のことを知ることはできません

《 相手のことを知ることはできません 》

これは、あなたにとって…寂しく感じることかもしれません。
しかしこれは… 私が、ぜひお伝えしたいことの一つなのです。

相手とわかり合える…という意識を手放してほしいのです。

わかろうと…そこに意識を向け続けることは、自分らしい愛の表現を曇らせてしまいます。

*マザー・テレサのことを 私はよく例に出すのですが…
 マザー・テレサのことは映画を見た程度しか知らないことを理解した上でお読みください。
 ここで、お伝えしたいのは彼女の【人となり】ではなく
 意識を理解していただくために使わせていただきます。

マザー・テレサが、路上で暮らしているような方々に対して
「あなたは今、一生懸命生きていますね。素晴らしいですね」と平等に抱きしめていました。

彼女はなぜ、それが出来たのでしょう。

私は、こう理解しています。

相手のことはわからない。

相手のことを知ったと思ってみても…どんな人生があったのか
その方にどんな背景があるのか・・・
確認をしたとしても…たとえ、わかったと思ったとしても
相手のことはわからない。

さらには、苦しみに上下はない。

それを、腑に落としていたのだと思うのです。

例えば、
工場が閉鎖されて、路上暮らしをしている方がいたときに
「あなたは、今、一生懸命生きていますね」
「素晴らしいですね」と抱きしめることができるでしょう。

*あなたは抱きしめることができないかもしれませんが、
 前に書いたように、愛は想う瞬間に愛なのです。
 行為ではありません。

足を怪我して働けず、路上暮らしをしている方がいたときに
「あなたは、今、一生懸命生きていますね」「素晴らしいですね」と抱きしめることができるでしょう。

それでは…
奥さんに「ごめんなさい」と謝れば、家で暮らせる方がいたときに…

あなたは、抱きしめられますか?

マザー・テレサならば
きっと笑顔で
「あなたは、今、一生懸命生きていますね」
「素晴らしいですね」と抱きしめることでしょう。

あなたがもし、抱きしめられないとしたならば
あなたは【相手のことがわかる】と思っているということです。
そして、【苦しみに上下がある】と思っているのです。

奥さんに「ごめんなさい」と謝れば、家で暮らせる方が
どういう想いで路上での人生を選んだのか…
あなたは、わかると思っているということです。

それもたぶん…「その程度のことで何を意固地になっているんだ!」などと見下しているのでしょう。
この人の苦しみは、たいしたことはない。そう決めつけているのでしょう。

私が震災のとき感じたこと。

津波で家族を失った方から「お金をいただくことはできない」
「お金を払ってくれるなら、カウンセリングしますよ」
そんなことは私には言えませんでした。
みなさんも、もしカウンセラーということをしていたならば
同じではないでしょうか?

それでは、なぜ

東京で・大阪で・博多で・札幌で・・・全国で
家族が病で亡くなった方からはお金をとり
家族が交通事故で亡くなった方からは
お金をいただいているのでしょう。

それは、苦しみには差がある(上下)があると思っているということなのではないでしょうか。

私たちは
相手のことがわかる
わかり合えることが【愛】だ。

そう信じて生きてきました。

しかし、それは
愛することに制限をかけることなのです。

相手を【信頼】したい。

その正しさ…すら

あなたにとっては、制限です。

あなたが本質的に求めている

すべての方を愛したい

その想いには届きません。

信頼できるひとを、愛そうとしているのですから。

すべては自分自身の中にあります。

ただそれに気がつくだけです。

それが【叡智】です。

         そら

*これは【お金をとることが良くない】とか【資本主義社会の否定】などということで
お書きしているわけではありません。
そして、それを知った上でお金をいただいている私が無料でも行っていることを
少しでも正当化しようと書いていることでもありませんし
有料のワークの言い訳をお伝えしようとも思いません。
私の【活動の軸】のことはお逢いした時に説明させていただきます。

*私は、宗教に関わったこともありませんし
特定の集団を作ろうともまったく思っていません。
そしてそれは、宗教を否定しているものでもありません。

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