南青山ヒーリングテラス空

過去は変えられる

*そらの会・個人セッション参加者のmixi日記より

実家で「そらの会」を開催することができました

ギリギリまで出席できるか心配していた姉でしたが、
結局は、前日から実家に帰省してくれました。

姉は、人目が気になり、たくさんの人に逢うのは辛いという状態だったので、
家族だけのプライベートな「そらの会」になって良かったんだなぁ~と
思います。

ご報告が遅れましたが、
遠方より来ていただいた
そらさんには心から感謝します

「姉にそらさんのお話を聞かせたい」

それが、そらの会をそらさんに依頼した動機でした。

でも、何よりも私がそらさんを必要としていたんだということに
気付きました。

姉は、それを手伝ってくれたんだと思います。

バラバラになっていた家族は、
私自身が作り上げたものかもしれない。
今、再び、こうして家族みんなで集うことができて
嬉しくて仕方がありません。
身近な存在こそが、自分の学びや幸せに繋がっていることに気付きました。

今までの私は、いつも自分の都合が悪くなると別の場所に逃げていました。
けれども、これからは、目の前にある現実と向き合って生きていこうと
思います。

そう思えるようになった今、私は、幸せで仕方ありません。

ありがとうございます

「過去は変えられる」と
ヒーラーとして生きていらっしゃる
そらさんは断言されました。

「そんなはずはない!」
まず、その言葉を聞いて、私は思いました。

私は、自分にとって辛かった思い出を
そらさんにお話しました。
その後、私の辛かった過去は素晴らしい過去・・・ギフトに変わりました。

お力添えをしてくださった
そらさんには、心から感謝いたします

以下、私の個人的な体験とそらさんのお話を交えて、ご紹介してみますね。

☆姉について

私の姉は、10年程前から精神を患っています。
様子がおかしくなった当初は、嫁ぎ先から実家に戻って様子を
みることになりました。
私は、当時、感銘を受けた本を姉に紹介したり、自分なりに手紙を書いて
なんとか元気になってもらおうとしました。
父は、草木をじっと眺めたり、電柱を登る姉の後を怪我を
しないように心配しながら、ついてまわっていました。
布団で寝たきりになった際には、そのまま大や小を垂れ流したのを
母が始末していました。

姉の奇行を見る内に、いつしか私は、30歳を過ぎて両親にやらせることかと
情けなく感じるようになりました。
そして、ある日の早朝、行方不明になり、実家近くの溜池の中で
手を合わせてブルブルと震えながら念仏を唱えている姿が発見されました。
それから、精神病院へ入院しました。

その時、私は、今後一生、自殺未遂をした姉がいると世間から
見られてしまうと思いました。
そして、何よりも大切な思い出のつまった故郷を
汚された気がしました。

この話をそらさんにした時、
「あなたはお姉さんから何の危害も加えられていないじゃないですか?」
それから、例え話として・・・
「人を殺した息子を持つ母親の気持ちが私(そらさん)よりも
分かるんじゃないですか?それって物凄い経験だと思いますよ。」

肉親がどうであろうと

周囲がどう思おうと

私は私でしかない。

その言葉を聞いて、今まで私が辛いと感じていた過去の感情が
溶けていくようでした。

そんな見方ができるなんて・・・。

私の過去が確実に変わった瞬間でした。
事実は変えられないけれども、感じ方、捉え方を変えるだけで
過去はこんなにも素晴らしく変化するものなんだと知ることができました。

☆母について

私の母は、私が中学生の頃から現在まで、「真如苑」という宗教を
信仰しています。
そして、10年以上前からは、脳卒中で失語症になった父に代わり、
お金の管理をするようになっていました。

母は、私が結婚をする際、随分とお金を使ってしまいました。
昔、父から聞いていた私の結婚資金の積み立てや貯金も
なくなっていました。
親戚からもらった結婚のお祝い金や結納金も使い込んでしまいました。
兄と私が問いただしたところ、
「何に使ったか分からない。覚えていない。」と言いました。

私が32歳の時でした。

お姉ちゃんの時は、1000万位使ったって聞いてたのに・・・

お金よりも、両親が自分の結婚のためにしてくれることが
何もなかったということが、一番のショックでした。

幼い頃のことならまだしも、この年になって、この仕打ちは辛かった・・・。

自分が、とても惨めで、可哀想で仕方ありませんでした。

この話を涙ながらにした時、そらさんは、
「お母さんには愛情がないと思った方がいい」とおっしゃいました。
「ええっ?!愛情がない!」
さすがに、そこまでは思えなかったので、私は驚きました。
すると、そらさんは、
「お母さんなりの愛情は、あると思いますが、あなたが求めるような
愛情を与えてはくれないと思った方がいい」と付け加えて、
説明して下さいました。
そして、
「あなたは、幼い頃ならまだしも、この年で・・・と言うけれど、
あなた自身もその年で、親に甘えているんじゃないですか?」と
おっしゃいました。

いい年をして、親に何かしてもらおうと思っている事実

本当にその通りでした。

私は今までに、両親に何もしてあげないで自由気ままに生きてきたのに、
親だからって、この年で何かしてもらおうと期待していた自分の甘えに
気付くことができました。

愛情のない人間に
「ちょうだい、ちょうだい」って求めることの虚しさ。
愛情のないと思っていた人間から、もし何かしてもらえたら
ラッキーって思えることの素晴らしさ。

母には母の真実があり

私には私の真実がある

例え、それが親子であっても

同じ真実を見つめることはない

だって、別々の人間だものね☆

母の存在こそが

私の求めるすべて

生きていてくれて

ありがとう

今は心から

そう思えます


日記に対しての、そらの書き込み

もうひとつだけ・・・・・最後に

お母さんは
ほんとうにそのお金を
宗教に使ったのでしょうか?

「絶対に言わない」

その裏に
その方が抱えていることは

わからないのです。

すべてが自分自身でつくり上げたドラマの中にあります。

そんな人ではない。
そう信じてみるのも
あなたの人生です♪

そらさん
ありがとうございます
コメントを拝見して、涙が出てきました。

不幸な人生は、自分自身が作り上げているのだと
さらに気付くことができました。
今後の人生が、ますます幸せになっていきそうです

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