南青山ヒーリングテラス空

叡智の祝福?

大阪にて、長時間に渡ってありがとうございました。
貧乏な状態の私をあの場に入れてくださり、本当にありがとうございました。
感想を、敢えてメールでお伝えするのはなんですが、感動しましたので、
おこがましいですが書かせてくださいませ(これも承認欲求ですね…)

5時間という長丁場の間、そらさんはリラックスしている雰囲気を発散させ、
どこか身構えている女性陣の心の柵を見事にとっぱらってらっしゃいました。
女性は、とかく、自分の話をするのが好きなものの、
たいしてオチのない話を続けてもいいものかどうかを迷い、
男性の前では、話すのが億劫になってしまうものなのに、
あの場の女性達は、安心して話をされていました。

そんな中、ときおり、質問が飛び交います。
その質問者が、切実であればあるほど、
そらさんの目は鋭くなり、姿勢は伸び、そらさんが、渾身の力、命をつかって、削って、
「叡智」を伝えてらっしゃるということが、めちゃめちゃ伝わってきました。

また、中年を過ぎても虐待をされ、
何かをやろうにも身動きの取れない方のことに話が及んだときのことです。

私はどこか、精神世界のセミナー、ワークショップなど、諸々のイベント時の、
あまりの高額さに目をむいていました。
高額な意味はあるのだろうけれど、そのお金を払い、参加できる人は、
どうしても一握りになってしまう。

誰かを救いたい、そんな思いでやってらっしゃるのだろうけれど、
いくら価値的なことを言ったり、やったりしていても、
あんなに高額では、中世にあった秘密結社と同じです。
ある特権階級の人しか、その恩恵にあずかれない。

けれど、実際に身動きのとれない方を目の前にしての、
決意、思いを語られたそらさんの姿勢に、心の底から感動しました。

貧乏、病人のような、社会的弱者の中に割って入っていく、「本当に救うぞ」という、
本気を感じました。
言葉は悪いですが、非常に泥臭い、人間くさい、力強さを、本当に感じることができました。

そらさんは、マザーテレサの話を揶揄されていましたが、
私は、そらさんのやろうとしてらっしゃることこそ、
真のマザーテレサの姿であるんだろうと、私は思いました。
彼女は、泥や糞尿、血にまみれ、痛みを訴えている人、
云わば「手負いの獣」の中に割って入った人です。
放っておけば、いずれ朽ちて死んでいく弱者の中に、敢えて入っていった人。
そんな阿鼻叫喚の環境に、すすんで入ってゆく人が、
ただ優しいだけのふんわりしたおばちゃんであるわけがありません。
結果として、やっていることがあまりにも立派だったので、
後光の差すような人物として語られているだけなのだと私は思います。
そらさんのやっていることは、そういうことなのだと、確信しています。

残念ながら、精神世界も、普通の世間社会も、ある程度恵まれた人のために動いています。
ポジティブシンキングのしやすい人のためにできています。
陰陽同等なのに、この世はどうしても、陽ありきで動いています。
そして、陰は、どんどん陰となっていきます。
陰の中でも、堂々と陰にいる人(いわゆる悪と言われる位置)もいれば、
ひっそりと陰でいる人がいます。
そらさんは、多くの「ひっそりとした陰」に、やわらかな光を当てられる方だと思います。
陰は陰のままでもいいんだ。
陰があるからこそ陽もあるんだ。
陰である自分が嫌だった、そんな人も、
小さな自己肯定から、大きな自己肯定へといっきに飛躍することのできる、
そんなチャンスが、そらさんの講話の中には詰まっていると思います。

私も、自分の中の暗い日陰の部分に、気づいてやることができました。
自分の中の陰の、立派なはたらきに、あらためて感謝することができました。

そらさん、本当にありがとうございました!

あれから私は、叡智の祝福?!をいただきましたよ^^v

ハワイ諸島・カウアイ島にある、フラの聖地「カレフ・オ・ラカ」から帰ってきたときも
同じことがありました。

それは、知らない誰かの犬が、「私を見つけた!」と云わんばかりに、
私をめがけて走り寄ってきてくれることです。
おめでとうよかったね!!と、犬が伝えてにやってきてくれるんです。

熱烈な犬の愛情表現には、正直面食らいますが、
犬好きの私としては涙が出るほど嬉しく、今後の私の長くない人生を、いろどってくれる、
数少ない印象的な出来事です。
いくら犬好きでも、飼犬でもない犬が目をらんらんと輝かせて走りよってくるということは、
そうそうにないことで、本当にうれしくってしかたのないすばらしい事件が起こりました。

ところで、そらさんは、ご自身のやられていることが100%良いことなのかどうか…と、
叡智のバトン会場でも、おっしゃられてましたね…

私、思うんですが、私も含め、陰だと思っている人間は、そらさんのような、
「覚醒した人と実際に会う」ことこそが、もっとも重要なのだと思います。

覚醒した人との実際のふれあいは、自分の魂意識に気づくことのできる、
和少ないチャンスだと思うのです。
本を読み、DVDを見ているだけでは得ることのできない、「なにか」を、掴むことのできる、
本当に貴重な時間だと思うのです。

流れるように生き、周りで起きている瞬間瞬間の奇跡に気づくことができるのは、
覚醒している方にしか、きっとできません。

私が、今回、犬とのうれしい遭遇があったり、
2ヶ月間の短期アルバイトではありますが3月初旬より仕事先がなんの障害も無く決まったのは、
そらさんに出会えたからだと思います。

そらさんの生きる姿勢に触れることで、ほんの少しそれを真似っこできたことで、
純粋な意図がねじまがらず、まっすぐに通ったのだと思っています。

というわけで、やはり、そらさんが、全国行脚をされているというのは、
とてつもなく、すばらしいことをやってらっしゃるんだと、
その意義のデカさに、日を追うごとに、圧倒されています。

そらさんと握手するだけでも、みんな、魂意識のスイッチが入ると思うなぁ…

それに、精神世界の中で、クライアントのような方のことを、
「友」って呼んでくださる人って、いませんしね…。

その方が、有名になればなるほど、その方は「先生然」となっていき、
グルーピーのような取り巻きができ、人見知りの人間は、
遠巻きからチラ見することになってしまうのがオチですし。

「友」と位置づけてくださるだけで、みなさんの生きる「意気」がアガるんだと思います!

最後に、
「自分自身を唯一疑うことのできる存在として」という、ステキなフレーズありがとうございます。
私の生きる「意気」がアガりました!

次は極寒の北海道?ですか?
それまで、少しの間だとは思いますが、どうぞごゆっくりなさってください。
そらさんのご健康を、かげながらお祈りしています。

お気軽にお問い合わせください。

  • メールでお問い合わせはこちら
  • facebook
  • twitter
Copyright © sora-ni.com All Rights Reserved.
Powered by WordPress